京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)15号 判決 1988年12月21日
原告
進工業株式会社
右代表者代表取締役
高村正雄
右訴訟代理人弁護士
水野武夫
同
増市徹
被告
下京税務署長
川勝敦美
右指定代理人
笠井勝彦
同
石田一郎
同
村田功一
同
谷川利明
同
川崎将
同
福住豊
主文
一 本件訴を却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 申立
一 原告
〔主位的請求〕
1 被告が原告に対し昭和六一年六月二〇日付でした原告の昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
〔予備的請求〕
1 被告が原告に対し昭和六一年六月二〇日付でした原告の昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの事業年度の法人税の更正処分のうち、所得金額二〇七七万六五二九円を加算した部分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
〔本案前の答弁〕
主文と同旨。
〔本案の答弁〕
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
一 原告
〔請求の原因〕
1 原告は、電子部品の製造等を業とする会社であるが、被告に対し、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの事業年度(以下、本件事業年度という)の法人税につき、その法定申告期限内に、次のとおり、確定申告(青色申告)をした。
(一) 所得金額
三億五五二六万三一〇三円
(二) 差引所得に対する税額
一億四二四九万五〇〇〇円
納付すべき税額
一億〇八四五万五二〇〇円
2 被告は原告に対し、本件事業年度の法人税につき、昭和六一年六月二〇日付で、次のとおり、更正処分(以下、本件処分という)をした。
(一) 減算した金額(以下、本件減算部分という)四九四〇万五五五八円
(二) 福利厚生費の一部の損金性を否認したことにより加算した金額(以下、本件加算部分という)二〇七七万六五二九円
(三) 以上を差引した所得金額の減額二八六二万九〇二九円
(四) 納付すべき税額の減額一二〇二万四一〇〇円
3 原告は、昭和六一年八月二〇日、本件処分に対し審査請求をした(以下、本件審査請求という)。
国税不服審判所長は、昭和六一年一一月一四日、本件審査請求を却下した。
4 以上の経過と内容は別表1記載のとおりである。
5 しかし、本件処分は法定申告期限後三年を経過した日より後にされたものであるから、本件処分のうち本件加算部分は違法である。
よって、主位的に本件処分の取消を求め、予備的に本件処分のうち本件加算部分の取消を求める。
〔訴の利益についての主張〕
1 本件減算部分は、次のとおり、いずれも、原告の本件事業年度の前の事業年度(昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度。以下、本件前事業年度という)における所得計算を否認し増額した結果、税金の二重取りを来さぬため当然に、この増額に対応する額を本件事業年度において減算したものであり、本件加算部分とは可分であり、別個の事柄であって、実質的には原告に何らの利益がない。従って、原告は、本件加算部分に相当する不利益のみを受けることとなる。
(一) 被告が本件前事業年度において売上の計上漏れとして更正した金額につき、原告がこれを本件事業年度の売上として計上していたため、売上の過大計上として、本件事業年度の利益から減算した金額、六二五万九五六一円
(二) 被告が本件前事業年度において棚卸資産の計上漏れとして更正した金額につき、原告がこれを本件事業年度の売上原価に計上していないため、売上原価の過少計上として、本件事業年度の損金に加算した金額、四三〇三万九七四七円
(三) 被告が本件前事業年度において損金ではなく繰延資産であるとして更正した金額につき、原告がこれを本件事業年度の繰延資産償却額に計上していないため、償却額の過少計上として、本件事業年度の損金に加算した金額、一〇万六二五〇円
2 本件処分は、本件減算部分から本件加算部分を差引いた金額を減額したものであるが、法定申告期限後三年を経過した日より後にしたものであるから、本件減算部分と本件加算部分とを各別に更正したとすれば、本件加算部分の更正は国税通則法七〇条一項一号により明らかに違法であり、そうであれば、これを一個の処分として更正した場合でも、違法な本件加算部分を争う訴の利益が認められなくてはならない。
被告は、本件前事業年度の更正処分と同時に本件事業年度につき減額更正処分をするべきであったにもかかわらず、これを放置していたもので、且つ、増額更正処分をし得る三年の除斥期間を徒過した後に、これらを合わせて本件処分をしたもので、これを認容することは正義公平の理念に反する。
3 原告が本件加算部分を争うには、他に救済措置がない。すなわち、
(一) 一般的には、前事業年度の更正処分に伴って次の事業年度である当期の所得金額が減額されるときには、法人税法八二条一号に基づき、更正の通知を受けた日の翌日から二月以内に、当期の所得金額につき更正請求を行うことができることとされている(かかる減額更正請求の後に本件加算部分のみの更正がなされたとすれば、当然これを争い得る)が、原告はこのような更正請求をしていない。
(二) しかし、原告は、本件前事業年度の更正処分を争って取消請求訴訟を提起した(当庁昭和五九年(行ウ)第一七号事件)もので、このような場合、原告に対して右係争中の本件前事業年度の更正処分を前提として、本件事業年度につき更正請求を要求することは不可能であるといわねばならない。
(三) してみれば、被告は、本件前事業年度の更正処分を取消す旨の判決が確定した場合においても、なお、国税通則法七一条一号に基づき、本件事業年度の所得金額を再度、増額更正することが可能である(原告においてもこれを争い得る)が、しかし、原告は、本件前事業年度の更正処分の取消請求が認容されなかった場合、本件加算部分が右訴訟の争点と何ら関係がないにもかかわらず、これを争う途がない。
4 なお、審査請求が却下された場合でも、その却下が違法であるときは、更正処分取消請求訴訟は、審査の決定を経たものとして適法である。
また、国税通則法一一五条一項一号によれば、審査請求の日の翌日から起算して三月を経過しても裁決がないときは、出訴が認められているところ、原告は昭和六一年六月二〇日に本件審査請求をし、同年九月二〇日までに裁決がなかったから、同月二一日には裁決の有無内容にかかわらず、出訴権が生じている。
二 被告
〔本案前の抗弁〕
1 本件処分は原告の本件事業年度の法人税を減額更正するものであるところ、更正が不利益処分に当るか否かは、当該更正により納付すべき税額が増加したか否かにより決せられるべきであって、税額算出過程における個々の項目毎の金額の増減によるべきではなく、また、本件処分は、所要の加算及び減算を経た結果に基づく不可分な一個の処分であり、原告がした確定申告による納付すべき税額の一部を減額するに過ぎないものであるから、原告に有利な処分であり、不利益処分に当らない。よって、原告は本件処分の取消を求める利益を有しない。
2 本件訴は、国税通則法一一五条一項所定の不服申立の前置を欠き、不適法である。すなわち、本件審査請求は請求の利益を欠く不適法なものとして却下され、この裁決は適法であるから、適法な審査裁決を経由したことにならないというべきである。
〔請求の原因に対する認否〕
請求の原因1ないし4の事実は認め、5の事実は争う。
〔訴の利益についての主張に対する認否〕
本件減算部分の内容が訴の利益についての原告主張1の(一)ないし(三)のとおりであることは認め、その余は争う。なお、原告主張1のうち、(一)は、別表3の②六二九万〇八〇八円のうちの二九四万六九五〇円と同③の三三一万二六一一円との合計金額であり、(二)は、別表3の④の金額であり、(三)は、別表2の④及び別表3の⑧に係る償却費である。
〔抗弁〕
1 本件加算部分である福利厚生費否認額二〇七七万六五二九円は、原告が原告の福利厚生事業を担当する「もえぎ会」の活動費用として支出した負担額を負担時の損金として処理していたのに対し、事業年度末における「もえぎ会」の残余金のうち原告負担額相当分は前渡金と認められるから、本件前事業年度末の残余金より増加した残余金額は法人税法二二条三項二号かっこ書の規定により本件事業年度の損金に算入されないとしたものであり、適法である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。
二右によれば、本件処分は、確定申告によって確定された所得金額及び税額の一部を取消し、納付すべき税額のうち一二〇二万四一〇〇円を減額するものであって、いうまでもなく単一の処分であり、結論において原告に不利益を及ぼすものではないから(国税通則法二九条二項参照)、特段の事情がない限り、原告には、その取消を求める訴の利益がないと言うべきである。
三原告は、本件減算部分がいずれも原告の本件前事業年度の所得計算を否認し増額した結果、当然に、この増額に対応する額が本件事業年度において減算されたものであり、実質的には、本件減算部分により何らの利益を受けず、本件加算部分に相当する不利益を受けることとなると主張する。
本件減算部分がいずれも原告の本件前事業年度の所得計算を否認し増額した当然の結果であることは当事者間に争いがない。
しかし、原告は、本件前事業年度の法人税の更正処分を受けたにもかかわらず、右更正処分の通知を受けた日の翌日から二月以内に更正の請求により申告額の減額を求めなかったもので(法人税法八二条)、本件事業年度の所得金額及び税額は申告のとおり確定していた。そして、税額が確定した以上、更正が不利益処分に当るかどうかは、その更正により税額が増加したか否かにより判断すべきであって、税額算出過程である本件加算部分をとり出し、これによる不利益のみを基準とするべきものではない。したがって、計算過程はともかく、結論として、申告により確定した納付すべき税額を減少する本件処分は、不利益処分に当らないと言わざるを得ない。
四原告は、本件加算部分は法定申告期限後三年を経過した日より後にしたものであるから国税通則法七〇条一項一号により違法であり、これを本件減算部分と共に一個の処分として更正した場合でも、右違法は治癒されない旨主張する。
しかし、本件処分が単一の減額更正処分であることは前記二のとおりであって、減額更正処分は法定申告期限後五年を経過する日まですることができる(国税通則法七〇条一項二号)から、右原告主張は採用するに由ない主張である。
また、原告は、被告が、本件前事業年度の更正処分と同時に本件事業年度につき減額更正処分をするべきであったにもかかわらず、これを放置していたもので、増額更正処分をし得る三年の期間を徒過した後に減額更正処分と合わせて増額更正処分をすることは正義公平の理念に反する旨主張する。
しかし、被告が本件前事業年度の更正処分と同時に本件事業年度につき減額更正処分をするべきであったとする法的根拠は見出し難く、法人税法八二条に従い、原告においても、本件前事業年度の更正処分を受けて、自ら、本件事業年度の法人税の更正の請求をすることができるから、被告が本件前事業年度の更正処分と同時に本件事業年度につき減額更正処分をしなかったからといって、増額更正処分をし得る三年の期間を徒過した後の減額更正処分にあたって本件増額部分をも考慮して増減計算を行うことが正義公平の理念に反するとはいえない。
五原告は、本件前事業年度の更正処分を争って取消請求訴訟を提起したもので、右係争中の本件前事業年度の更正処分を前提として本件事業年度につき更正請求をすることは不可能であると主張する。
しかし、本件前事業年度の更正処分は行政処分として公定力があり、これが取消されるまでは有効なものとして無視することができないから(原告の取消請求訴訟によって執行が停止されるものでないこと言うまでもなく、また、その執行を停止する決定がなされた形跡もない)。原告は本件事業年度につき更正の請求をすることが可能であったと言うべきである。
なお、原告は、本件前事業年度の更正処分の取消請求が認容されなかった場合、本件加算部分が右訴訟の争点と何ら関係がないにもかかわらず、これを争う途がないとも主張するが、原告が本件事業年度につき本件減算部分全体の更正の請求をしておりさえすれば、その一部棄却決定の取消を求めることにより、本件加算部分を争い得たものであって、右原告の主張は、原告が右更正の請求を怠ったことの帰結に過ぎず、また、本件処分は、前記のとおり既に確定している納付すべき税額を減額するものであって、これにより原告に不利益を及ぼすものではないから、他にこれを争う途がないとしても、だからといって、これを違法と断じることはできない。
六原告は、予備的に本件加算部分の取消を求める。しかし、既述したとおり、本件加算部分は、単一である本件処分の理由の一部であるに止まり、未だ取消訴訟の対象となるべき処分には当らない。従って、その取消請求も不適法である。
七以上によれば、原告の本件訴は、いずれも不適法と言うべきである。
八よって、本件訴を却下し、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉川義春 裁判官田中恭介 裁判官和田康則)
別紙<省略>